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安倍総理よ、「河野談話」破棄を直ちに世界に宣せよ!(1/2)


安倍総理よ、「河野談話」破棄を直ちに世界に宣せよ!(1/2)









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安倍総理よ、「河野談話」破棄を直ちに世界に宣せよ!(1/2)


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中川八洋掲示板より
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2014/04/14/142218



安倍総理よ、「河野談話」破棄を直ちに世界に宣せよ!──米国の了解は、中川八洋を派遣すれば、いとも簡単なこと 
2014-04-14




朝鮮半島には、私が尊敬する三人の朝鮮人が眠っている。まずは李朝最後の皇太子・垠(ギン)殿下。次が安重根。三番目が李舜臣である。 


 李舜臣は、ロシア・バルチック艦隊を対馬沖にて撃破した日本の東郷平八郎提督(一九〇五年五月)、トラファルガー海戦(一八〇五年)にて対英侵攻に意気込むナポレオンの(スペインとの連合)大海軍部隊を殲滅した英国のネルソン提督とならぶ、世界史上に燦然と輝く名提督。舜臣が豊臣秀吉傘下の小西行長・島津義弘軍を撃破する海戦兵法は天晴れと申すしかなく、とりわけ同僚の讒謗で一兵卒となりながらも国のため尽くす武勇の愛国は、世界三大提督の名にふさわしい。 




安重根は、二十世紀朝鮮が生んだ“アジアの逸材”

 安重根を私が尊敬することについては、安が伊藤博文を殺害した「テロリスト」であることにおいて、読者は怪訝に思うかもしれない。しかし、国際感覚に先天的な瑕疵がある朝鮮民族の中では、国際情勢が澄み切った青空のごとくに見えた例外的な逸材、それが安重根。

 日露戦争期の朝鮮で、“反ロ親日”という最も正しい対外政策に立脚していた朝鮮人は、安重根を除いて誰がいただろうか。安重根こそ、一九一〇年代の朝鮮半島で、最高の“日本の友人”になる資質を存分にもつ、真正の朝鮮エリートであった。
 




 安重根が日本の韓国併合に反対することは、最も賢明な日韓関係策を展開した“白眉の古典”陸奥宗光の『蹇蹇録』(一八九五年、公刊は一九二九年)に従ったものである以上、非難すべきところは一点もない。非難さるベきは、安重根が、“日本史上最悪の外交”韓国併合の推進者・山縣有朋を殺害するのではなく、“人違いの重大ミステーク”を犯したことに尽きる。(私利私欲の権化であった)山縣有朋と“下劣な「反日」新聞”朝日新聞によって、韓国併合へと世論が煽動されていくなか、暗殺された伊藤博文は、日本の動きを阻止して韓国を「保護国」のままに据え置こうと苦慮する“親韓派のドン”であった。

 尚、私は、英米系の明治憲法を起草した伊藤博文を、日本国の大政治家だったと大いなる敬意を表している。
 


 王制主義者(モナーキスト)である伊藤博文は、李朝の王制を廃止することになる以上、韓国併合は心底では絶対反対であった。私が伊藤の心が読めるのは、歴史研究で裏付けてはいるが、私も王制主義者だからである。

 朝鮮総督府の庁舎を韓国が破壊・撤去したとき(一九九五年八月)、私が思わず快哉を叫んだ理由もこれにある。朝鮮総督府を李王家の宮殿(景福宮)の前に建てたのは(一九二六年)、日本側に朝鮮の王制を侮辱する意図があったからで、この朝鮮王制への不敬行為は、日頃から怒りが収まらなかった。朝鮮王制に対する侮蔑と不敬は、日本国の天皇制度や皇室への侮蔑や否定に通底しているのを、一般の日本人はどうして見抜けないのか。
 




 私は、一九八五年の頃、「朝鮮神社」が建立されていたソウルの高台に、安重根義士記念館の館長を訪ねたことがある。安重根の著『東洋平和論』を展示するよう依頼するためだった。『東洋平和論』は、一言で言えば、対ロ防衛の日韓同盟論である。

 一九四五年八月、ロシアが朝鮮半島北半を侵略してトンデモ国家・北朝鮮をつくったように、ロシアの侵略から朝鮮半島を完全に守ることが、朝鮮民族が国挙げて堅持すべき正統な外交。これ以外の外交選択肢は、地政学的に朝鮮には存在しない。が、(ドイツ人/日本人ととも)世界の三大“外交音痴”民族である朝鮮人一般には、地政学的な自民族の運命がさっぱりわからない。卓越する安重根のみ、これを理解できた。

 かつて百済の救援に駆けつけた斉明天皇のときの百済・日本関係のような(六六〇~三年)、日韓が健全な関係を結ぶに、安重根の『東洋平和論』こそ偉大なカップリング力を発揮する古典である。「安重根義士記念館」を訪ねた後、私は韓国の新聞に、『東洋平和論』の解説記事をハングルに翻訳して寄稿した。五面に大きく掲載してくれた。『ソウル新聞』一九八五年十一月六日付け。ハングルの読める在日コリアンは、必ず一読して欲しい。
 






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保守主義\












李垠殿下の墓参りをしてから出版した『歴史を偽造する韓国』

 韓国のソウルから二十四㌔ほど東、京畿道南楊州市金谷洞に御陵「英園」がある。ここに最後の皇太子・李垠殿下が埋葬されて眠られておられる。私は、二〇〇一年の秋、『歴史を偽造する韓国』の出版(二〇〇二年四月刊)を控えて、垠殿下の墓参だけを目的に韓国を訪れた。

 線香ほか仏式の祭具一揃いは持参していたし、菊の花はホテルで買った。墓を訪れる朝鮮の観光客は全くおらず、静寂な空間の中でたった一人、私は一時間ほど数珠を片手に墓前にて正座して手を合わせた。むろん、この後、隣に眠られておられる(梨本宮女王で世界最高の女性)方子(まさこ)妃殿下の墓にも詣でた。

 その後、永寧殿第十六室に垠殿下を祀るソウル市内の宗廟にも、「英園」から車で直行してお参りした。朝鮮式の礼法を知らないし、神道形式でするのも変だから、ただ跪いて手をつき数回叩頭した。私の背中側では、朝鮮人の観光客数名が不思議そうな顔をして立ち止まって見ていた。
 


 垠殿下が渡日されたのは、一九〇七年十二月十五日で十歳のとき。芝離宮を宮殿とされ、明治天皇は公的には「元首」級に扱われた。一九一〇年まで韓国は準独立国家。

 明治天皇は私的には、皇后とともに、自らの「皇孫」として最大限の愛情を注がれた。皇孫の一人、後の昭和天皇(垠殿下より三歳半ほど年下)ですら、垠殿下のような破格の扱いなど全く無縁であった。

 明治天皇と伊藤博文が、垠殿下を韓国国王に即位させる決意だった事は、韓国併合に反対で保護国の解除も予定していたことにほかならない。しかし、伊藤博文が暗殺され(一九〇九年)、明治天皇が崩御されたことが(一九一二年)、日韓両国にとってこの最良の策を潰した。歴史の歯車は、一度ボタンを掛け間違えると修正が困難。このケースは、この史諺を端的に物語る。
 


 日韓基本条約が締結された一九六五年、私は、日本の天皇制度を尊敬している朴正煕・大統領が王政復古の決断をしてくれないものかと多少の期待をした。垠殿下は方子妃殿下の介添え下で一九六三年にすでに帰国されていたので、憲法改正を待たずとも韓国民の支持で“仮即位の大礼”でも挙行してくれないかとも期待した。

 だが朴は、自分の野心を愛国だと勘違いして、そうしなかった。垠殿下は、一九七〇年に薨去された。垠殿下の国王即位を確信しておられた(あの世の)明治天皇のご無念を想っては、この時かなり気が滅入った。安重根は、国際政治は一流だが、国内政治は極度に軽率な男だと、このときは憤慨した。

 なお、終戦時には帝国陸軍中将までなられていた垠殿下の日本での邸宅・屋敷は、戦後、赤坂プリンス・ホテルとなったが、その住居部分は、ホテルの「旧館」として保存され、有名なフレンチ・レストランが開業していた。現在、当ホテルは取り壊されたが、この「旧館=垠殿下の邸宅」はどうなるのだろう。
 








李朝最後の皇太子・李垠殿下に対する日本の二つの罪

 私が垠殿下の墓参りをした理由は、二つ。第一は、一九一〇年の韓国併合で李朝の王制を廃した日本の罪を詫びるため。第二は、一九二六年に最後の国王・純宗(李垢)が崩御された時、韓国併合を終了し韓国を独立させ、ソウルにて垠皇太子の盛大な即位の大礼を挙行すべきであったのにそれをしなかった日本の罪を詫びるためである。

 日本は、韓国併合をしていなければ、「シベリア出兵」など不毛な軍事行動などせず、(独露間にブレストリトフスク条約が締結された)一九一八年三月を機に、一気に北満洲へと軍事併呑を決行し、幽閉されていた清朝の皇帝溥儀を奉戴して「満洲国」の建国ができた。一九一八年の時点では、辛亥革命と軍閥戦争で揺れる漢族は、万歳して、皇帝溥儀が故郷・満洲へと「帰国(退却)」するのを支持しただろう。一九一八年、満洲を支那と考える支那人はほとんどいなかった。満洲を支那の一部だと漢族が考え始めるのは、一九二〇年代半ば以降である。
 


 さて、一九一八年時点の日露間だが、「バイカル湖以東で、黒竜江以北の東シベリア」をロシアと日本の間に介在する緩衝地帯とすることを、内戦で揺れるロシアに合意させるのは容易だった。トロツキーは、日本に沿海州の割譲を決断していた。

 北樺太の日本割譲はいとも容易に実現していた。しかも、ウラジヲストック軍港を日本が買収し日本の軍港とすることも、一九一八~一九二〇年の間に限ってのみ、不可能ではなかった。好機は一瞬に到来し、一瞬に去る。国家の政治家は、いつもその国の最トップの頭脳でなければならないのは、この瞬時の好機を嗅ぎ別ける知力が未曾有のIQの裏づけなしでは生まれないからで、凡庸な人材が外交や国防に関るべきではない。日露戦争後の日本では、人材が突然、国中から消滅していた。
 


 しかも、これらの果敢な対露追撃外交(「北進」)は、一九二八年の不戦条約以前だから、また第一次世界大戦中であるから、国際法においてすべて合法であった。満洲事変を一九三一年の、不戦条約以後にする馬鹿げた外交などせずに済んだ。国際連盟の脱退(一九三三年)という愚昧きわまる外交など、日本は発想すらせずに済んだ。

 しかし、一九一〇年の不必要な韓国併合で、日本は、なけなしの財源を砂地に水を撒くごとく朝鮮半島に注ぎ込んだ(三十五年間で日本が日本国民に増税して朝鮮に投下した金の総額は、現在価格で百五十兆円規模)。これが上記の軍事行動をするための軍事費を捻出するのを阻害しただけでなく、朝鮮半島が日本領土であることでロシア脅威を忘失し、手を抜いてはならない対ロ防衛・対ロ国防を疎かにする堕落と油断が日本人全体を蝕んだ。

 以上の事柄は、『歴史を偽造する韓国』で論及している。日本人なら必読して欲しい。
 







第一節 “売国奴”河野洋平を断罪しない“腐敗きわめる日本”

 日本には、本当の政治が不在である。すなわち、日本の政治が要諦とすべき正義・不正義を峻別し、正義に従うという倫理が消滅した。「政治家と金」などどうでもいい矮小な話をしているのではない。

 国内・対外の政策など具体的な政治のことをいったん脇に置けば、本当の政治とは、政治が“真善美の適う正義”に立脚しているかどうかである。だが、日本の政治は、真善美を破壊することを旨としている。日本には根底から腐敗した政治しかなく、国家の土台を腐蝕・顚覆するのを日常とする。“反・政治”が、日本政治の常態となった。

 このことは、日本の政治からは、真実とか偽りとかに対する公憤が消えたことでわかる。日本では、科学や歴史に関して政治が正しさとか真実とかを求めず、真赤な嘘でもいいではないかの退嬰を日常とする。正しい科学や真実の歴史を生命をかけても守らんとする真正の倫理観など、日本のどこにも見当たらない。
 


 科学について言えば、菅直人首相が微量のセシウムで強制避難させ、またその科学的・医学的な過ちを気付きながら安倍晋三は是正しないように、平成日本は“科学なんぞクソ喰らえ!”が横行する野蛮国家になった。

 歴史も同じ。歴史の真実が明らかな史実を改竄し自国・日本を侮辱するのを目的とした「河野談話」(一九九三年八月)に対して、それ以降すでに二十年間もありながら、自民党は「河野談話」の破棄もしなければ、この張本人で“戦後最凶の売国奴”河野洋平”を糾弾・追及すらしない。日本政治の腐敗と堕落は、ローマ帝国の滅亡直前よりひどい。
 







河野洋平を「河野談話」後に出世させ、「河野談話」を功績と讃えた自民党

 宮澤内閣の官房長官として内外に発表した「従軍慰安婦は強制連行だった」という“真赤な嘘”「河野談話」後、河野洋平は、自民党内で、一度として糾弾されることはなかった。自民党は、安倍晋三を含め、河野洋平を「河野談話」を含めて功績ある政治家として讃えたことになる。

 「河野談話」の直前、河野洋平は自民党総裁に選ばれた(一九九三/七~九五/九)。「河野談話」の罪で洋平を、この総裁の椅子から引き摺り下ろす動きは、自民党には全くなかった。

 そればかりか、「河野談話」の一年後には、日韓関係の主務大臣でもある外務大臣になった。しかも、その期間は「三年以上」。
 


 まず、社会党委員長の村山富市が首相だった一九九四年六月三十日から一九九六年一月十一日まで。次に、自民党の小渕恵三と森喜朗内閣で一九九九年十月五日から二〇〇一年四月二十六日まで。総計で「三年以上」になる。

 さらに、河野洋平は、外務大臣の後さらに、自民党の推薦で、首相と同格の衆議院議長まで登りつめた。しかも、六年間もその地位にいた(二〇〇三年十一月~二〇〇九年七月)。米国は、祖国を裏切る売国奴など万が一にも衆議院議長などにはなれないと思う常識国家。だから、この六年間の衆議院議長という河野洋平のキャリアーを観て、「河野談話」は正しい歴史に基づくと確信するに至った。
 


  「河野談話」という“嘘歴史をでっち上げ、それによって日韓関係の安定に貢献し、その故に日本人は河野洋平を評価し支持した”と米国も世界も考えたのである。世界中の、この誤解は常識的だし非難されるべき点は全くない。非難さるべきは、河野洋平を糾弾する行動をいっさいしなかった自民党の方であろう。安倍晋三を含め腐敗した人間の屑ばかりの自民党議員たちの方であろう。

 日本政府も多数党の自民党もいったん称讃し支持した「河野談話」を、二十年も経った二〇一二年十二月から、この当事者の自民党が突然手の平を返して非難し始めるのは、ゴロツキの無頼漢の仕業だ/良識ある人間のなすべきことではないと世界は考える。このような対自民党観もまた、常識から逸脱したとはいえない。
 


 特に「安倍晋三は、二枚舌のペテン師で無頼漢」だと、現在の欧米の諸政府は考えるが、欧米のこの安倍評には理があるし、以上に述べた自民党の二十年間を検証すれば腑に落ちよう。二〇一三年三月十一日から米国は、「河野談話」に対する安倍晋三の動きを牽制するようになったが、同じ理由による。

 要は、「日本人は、ゴロツキと同じく、いったん了解したものをポイ捨てする」との、「河野談話」がらみの日本人に対する観察は、公平な裁判官と同じだし、一般通念に合致している。欧米人の方が、日本人よりも、何倍もマナーがいいし、ルールを守る。「河野談話」に関して安倍晋三の動きこそ、ナラズモノのそれでなくて何であろう。
 


 しかも、「河野談話」の破棄宣言は、ポスト村山内閣の、一九九六年一月から二〇〇七年九月にかけて、自民党政権の橋本龍太郎/小渕恵三/森喜朗/小泉純一郎/安倍晋三の内閣で、いつでもできた。が、この五名の首相はいっさい何もしなかった。<「河野談話」故に河野洋平を出世させた>と、世界が考えたのは、当然だし常識。

 特に、安倍晋三は、二〇〇六年九月に総理になる前、「河野談話」の廃棄を公約に掲げたのに、総理になるや直ちに舌の根が乾かないうちに、自分の方から“公約”「河野談話の破棄」をポイ捨てすると国会で明言した(二〇〇六年十月五日)。さらに、翌二〇〇七年、総理大臣の安倍晋三は、「安倍内閣は、河野談話を受け継いでいる」との、質問主意書に対する答弁を閣議決定した。

 米国が、「河野談話」を歴史事実に則っていると誤解するのは、とりわけ、二〇〇六年の総理大臣としての安倍晋三の国会発言と翌年の閣議決定を知ったからである。米国の「河野談話」誤解は、“due process 法の適正手続”を重視する米国らしい紳士的行動であって、それ以外ではない。
 








「河野談話」の破棄は、河野洋平自身にさせるのが常道

 ことこの事態に至った以上、「河野談話」の破棄は、まだ生きてピンピンしている“売国奴”河野洋平自身に前言撤回させるのが、唯一の確実な方法。これ以外の方法や作戦は、的外れだし隔靴掻痒の無効打とならざるを得ない。

 すなわち、まず、二十万人ぐらいを集めた、“巨大な河野洋平糾弾大会”を、一刻も早く東京の都心のド真ん中で開催しなければならない。そして、この国民集会で、“河野洋平が売国奴三代であること”及び“河野洋平が毛沢東系のマルクス主義者であること”の、二つの事実を世界に発信することだ。米国は、反共国家だから、「河野談話=マルクス主義、毛沢東主義」の事実さえ認識すれば、平気に“I change my mind”となる。
 


 このためには、第一段階として、少なくとも四~五万件ぐらいの断罪文をメールやFAXを河野洋平にまず送り付けようではないか。次に、河野洋平の行くところはどこでも、河野洋平を糾弾する(英訳つき)大垂れ幕やプラカードを持ち込み、世界に日本は河野洋平を糾弾していることを報道してもらおう。ただ、河野洋平を殺害するのだけは、天誅においては正義だが、やめて欲しい。





GHQ占領史を改竄する“歴史の嘘つき男”安倍晋三の「従軍慰安婦」論──米国は安倍晋三を信用しないが、当り前ではないのか
 「河野談話」や総理の靖国神社参拝に関して、永年、米国政府は、中立であった。靖国神社総理参拝に関しては、親日だったブッシュ大統領のように、小泉の靖国参拝を公然と支持して応援したこともある。
 



 だが、安倍晋三に対しては、「親日」米国人ですら、支持する気にはなれない。米国人の常識において、安倍晋三のマナーの悪さはごろつきかナラズモノの類。ブッシュ大統領のライス国務長官は、安倍晋三をrogueだと嫌悪した。ヤクザのような立ち居振る舞いの安倍晋三は、欧米の紳士社会では、確かにrogueそのもの。

 しかも、安倍晋三といえば、GHQ占領七年史を改竄する、嘘歴史を吹聴するトンデモ政治家。安倍晋三のように、日頃、米国を愚弄することに直結する、大東亜戦争と戦後の米国占領の歴史をあらん限りに改竄し嘘ばかりで固めた、イソップ物語の「狼少年」を絵に描いたようなトンデモ政治家が、突然、「従軍慰安婦」問題だけに限り“歴史の真実”を喋っても米国の誰が信じよう。
 


 嘘歴史大好きの安倍晋三の、その嘘の最たるものは、何と言っても、彼自身の標語「戦後レジームの脱却」に表れていよう。学歴が低く無教養な安倍は、GHQ占領歴史の確定された(日米間の学者間で一致している)イロハすら知らない。代わりに、嘘歴史をデッチアゲル歴史の改竄を職業とする、(歴史学などとは無縁な、名ばかり大学教授の)長谷川三千子とか西尾幹二とか、あるいはロシアKGB工作員の支配下にある日本会議とか、“日本の恥さらし”とも言える下等・低級な民族系と交流して、デタラメ歴史の狂信者となった。

 安倍の“嘘歴史スローガン”「戦後レジームの脱却」につき、本稿末尾に【参考】として概説しておく。
 





“売国奴三代の二代目”河野洋平

 河野洋平の家系は、売国奴しかいない。実質的に共産党員でありソ連工作員でもあった河野一郎(農林大臣は一九五四年十二月~五十六年十二月)は、北方領土をロシアに献上する工作をし(一九五六年五月、モスクワ)、その見返りに北洋漁業から当時の金で二十億円(現在価格では五百億円か)ほどを懐に入れた“戦後売国奴”の第一号だった。

 河野一郎の次男・洋平は、「朝鮮人の従軍慰安婦は、強制連行」をデッチアゲて日本国の名誉を末代まで毀損するという“究極の反日”に生きる、毛沢東系マルキストである。だから、日本側に国際法上なんらの責任も発生しない、ソ連に武装解除して渡し、この新たな所有者のソ連が満洲に遺棄した、旧関東軍の化学兵器の処理を日本に負わせるという、中共のあこぎな要求を呑んだ。河野洋平は外務大臣の職権で、外務省の良識ある外交官や防衛省の猛反対を封殺して、「中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する日中覚書」を強引に締結した(一九九九年七月)。
 


 このため日本国民は、税金を数兆円、中国共産党に収奪される破目となった。河野洋平は、日本を憎悪し、日本国をハチャメチャに破壊したい、その一念で政治家になった。この“祖国憎悪イデオロギー”は、父親の河野一郎譲りだが、自分の息子・河野太郎に継承させる洗脳に成功し、河野太郎は北朝鮮崇拝者となった。河野太郎は、拉致問題の発覚に驚き、北朝鮮崇拝を隠すようになったが、代わりに日本経済破壊に精を出す。それが、河野太郎の異常な「原発ゼロ」運動である。

 「河野一郎→河野洋平→河野太郎」と、“三代にわたる売国奴”家系の血を日本から一掃せねば、日本国の血が絶える。本件に関しては、短い論考だが、拙稿「“売国奴三代”河野太郎代議士を日本から追放しよう」(『撃論』第七号)を参照されたい。
 







第二節 「従軍慰安婦」問題を「反米」運動に転嫁する北朝鮮の策謀とそれに協力する民族系の「反日」


 「従軍慰安婦」問題について、基本を復習しよう。この基本歴史を知れば、「河野談話」がデッチアゲというのが、すぐ理解できる。

 最も短く最も要点がしっかと論及されている論考の一つは、拙著『歴史を偽造する韓国』第十章(二一七~四八頁)であろうか。それを要約しておこう。

 大東亜戦争の歴史上、「従軍慰安婦」は半・幽霊、「強制連行」は完全幽霊である。しかし、“反日の巨魁”河野洋平は、宮沢内閣が総辞職する前日、どさくさにまぎれて、朝日新聞の北朝鮮人記者たちのデッチアゲ・キャンペーンに従った、内閣官房外政審議室に書かせた“真赤な嘘”『いわゆる従軍慰安婦について』を発表した。一九九三年八月四日だった。
 


 しかも、その内容は実態的には、“作曲詐欺師”佐村河内守の詐欺力が小さく見える、佐村河内の百倍も千倍も嘘創作に長けた日本共産党員の詐言師・吉田清治の二冊のトンデモ小説『朝鮮人慰安婦と日本人』(一九七七年刊)『私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行』(一九八三年刊)を書き写したもの。なお、吉田の本名は吉田雄兎で、詐欺罪か傷害罪での二年の実刑がある。「軍法会議…」などの自己申告履歴は、すべて詐言である。

 河野洋平・官房長官直属の官房外政審議室は、外務省その他から北朝鮮人ばかりを集めたと噂された。現在、外務省の外交官には、田中均(本名は、田均?)のように、「血統は北朝鮮人」はかなりの数になっている。公務員は、四代に遡って血統調査をすべきである。国籍だけで採用するから、河野洋平と組んで『いわゆる従軍慰安婦について』のような虚偽報告書が日本国政府の名で内外に発出したりする。
 


 吉田清治の『私の戦争犯罪』を真実だと、突然一九九二年に大キャンペーンし出したのが、共産党員と北朝鮮人ばかりが社会部を占める朝日新聞であった。この赤い朝日新聞キャンペーンで「正式共産党員の吉田清治→朝日新聞→河野洋平」のルートが創られた。一九九三年八月の「従軍慰安婦強制連行」という河野談話が捏造された背景は、これである。日本は、朝日新聞と河野洋平の奴隷国家である。 







「従軍公娼置屋」の輸送と「公娼」の性病検査の担当は、各師団の憲兵部隊

 「戦場近くの、置屋が開業する<従軍慰安婦>に軍が関与した」のは当り前。この関与が、「河野談話」では、歴史上いっさいの事実が存在しない軍の強制連行にすり替えられデッチアゲられた。戦場近くで開店して商売をする“移動公娼置屋”を、戦地とその出発地との間を無料輸送する仕事は、各師団の憲兵部隊が小部隊を割いて担当した。

 また、憲兵部隊所属の衛生兵が、性病検査を担当した。当時の法律では、公娼は必ず保健所が一週間に一度の検査をすることになっていたが、この法律に従って、日本本土の保健所に変わり、戦地で衛生兵が代行した。

 敗戦から十年が経った一九五六年に公布された売春防止法が施行される前まで、日本全国には「赤線」と「青線」があった。前者が公娼街で、後者が私娼街。「公娼」とは、「公営の売春婦」という意味ではなく、“性病検査が国の強制で公的に実施されている売春婦”という意味である。 


 各師団の憲兵部隊は、朝鮮で置屋の入札を行って、誘拐された女性がいないかどうかを厳重にチェックした。日本本土でも入札をするのだが、戦場近くでの開業は危険なため、料金は“戦場近辺”ということで三倍になっているのに、日本人経営の置屋で応募する者は少なく、結果としてほとんど朝鮮人経営の置屋ばかりだった。

 すなわち、「従軍」したのは個々の売春婦(慰安婦)ではなく、あくまでも置屋。「従軍置屋」は存在したが、個々の売春婦が「従軍した」わけではないから、「従軍慰安婦」という表現は不正確。売春婦は、あくまでも置屋と契約したもの。その雇用は、各師団の憲兵部隊のあずかり知らぬもの。だから、“従軍置屋の公娼”が正しい表現。「従軍慰安婦」は、事実に反する表現。
 


 第二に、「従軍慰安婦」に対する非難キャンペーンは、巧妙に、公娼制度そのものへの非難にすり替えており、歴史問題を意図的にややこしくする作為がなされている。たとえば、日本共産党員の吉見義明は、「慰安婦制度は、特定の女性を犠牲にする性暴力公認のシステムであり、女性の人権を踏みにじるもの」と、難詰する(『従軍慰安婦』、岩波新書、四四頁)。

 だが、これは余りにダーティな詭弁。なぜなら、これは「朝鮮人経営の置屋は、外地に出征する日本軍の入札制度がなければ、ソウルなど朝鮮での置屋経営を止めたはず」「よって、これら公娼は他の職業についたはず」のありもしない非現実的な架空を前提としているからだ。吉見義明の主張はすべて嘘ばかり。
 


 吉見は、自分の主張が虚偽でないというなら、日本軍への入札から外された朝鮮人経営の置屋で、この入札洩れからその経営をやめたケースを一軒でもいいから、具体的に挙げてみろ! 一ケースも列挙できないではないか。

 その場合、朝鮮での公娼の料金は、「従軍置屋公娼」の料金の数十分の一だから、これら個々の公娼売春婦は、過酷な売春ノルマで絶望の生活を強いられた。吉見義明の詭弁は、詐欺師的な騙しの言辞である。
 


 なお、「従軍置屋の公娼」の契約を果たして一年ほどで故郷・朝鮮に戻った女性たちは平均で「七千円」ほどの貯金をしていた。なぜなら、彼女たちの手取りは、少ないもので月収三百円、多いのは千五百円。年収に直すと三千六百円から一万八千円。

 この額は、帝国陸軍大尉の月給が一一〇円(一九四三年)だから、どれほど法外な収入だったかがわかる。現在の日本で言えば一億円から五億円ぐらい。実際、戦時中、ソウルで豪邸が建つと、朝鮮人たちはその親を後ろ指で「娘を置屋に売って<戦場公娼>をやらせたんではないか」と噂話をしたし、ほとんど事実だった。
 









 (続く) 














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